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慟哭 小説・林郁夫裁判

慟哭 小説・林郁夫裁判
著者:佐木隆三

 1995年4月8日占有離脱物横領、いわゆる自転車泥棒の微罪で現行犯逮捕された林郁夫氏。高名な心臓外科医であるがゆえにオウム真理教の広告塔としても活動しオウム真理教の幹部「治療省」大臣でした。
 監禁事件で取調べを受けていたある日のこと「私がサリンを撒きました」と供述を始めたことが警察捜査に影響を及ぼすことになりますが、なぜ林郁夫氏ほどの医者として社会的な地位のある人物がオウム真理教に入信したのか、またなぜ実行犯に選ばれたのか、裁判と警察関係者からの取材で明らかになる林郁夫氏と事件の全体像。


 全4章からなる本作品は、
①取調室でのやりとり
②被告としての法廷でのやりとり
③証人としての法廷でのやり取り
④林郁夫氏が自らの事件の総括
といった段階を経て進んでいきますので概ね時系列に非常に分かりやすいです。

 もちろん犯罪は許されるものではありません。しかし取り調べから裁判、証人といった課程における証言や心の動きは林郁夫氏の本来の善良な人柄に負う所が大きいのでしょう。
 犯罪者といえども医師を志し私などよりは遥かに献身的で、まさしく世のため人のため医師として身を捧げて治療に当たってきた人で、宗教に眼を向けたことも医療の限界と医者として人として今以上のものを求めるがゆえの決断で、奥底には救済という崇高な心理に根ざしていたことが伺えます。
 しかし、結果的には師匠を間違えたことが、その後の運命を大きく変えてしまいます。次第に犯罪に手を染めていき気づいたときには戻れない自暴自縛の状態に陥っていきます。

 林郁夫氏を肯定するつもりも殊更に庇う文章を書くつもりもありません。
 しかしながら取調においてオウム真理教司法省大臣である青山弁護士(当時)を通じ、教団を守るために黙秘しろという指示がでますが、林郁夫氏は始めから部下を庇い自らの指示であると供述をはじめています。その責任を必要以上に他人に転嫁しない姿勢は終始一貫しているように思われ、取調べに当たった警部補の人柄や相性も合ったのでしょうが、いづれ全面自供も時間の問題だったのではないかと思います。
 また、林郁夫氏の嘘偽りのない供述を行うといった姿勢とともに、他のオウム真理教の信者も捕まり裁判の課程に移っていきますが、読み進めていくうちにあるひとつの特徴があるようにも思いました。

 犯罪の軽重にもよりますが法律書に決められた通りに執行するならば裁判の必要はありません。
もちろん裁判所も鬼ではありません。酌むべき情状の余地や本人の悔恨の意思あるのかないのか。また被疑者が更生するために支える家族や支援者が確かなことで大きく変わるということです。
①被告人の悔悛の情が見られるのか。
②被告人の家族の受け入れや支援が期待できるか。
③被害者の心情が癒されているか。
などによって大きく作用されることが本書を見ても明らかだと思います。

 残念ながら実行犯としての林郁夫氏の犯した罪の大きさから極刑以外の余地は残されておらず。また取調べにおいての林郁夫氏も十分に自覚した上での証言はまさしく真実の発露といえるでしょう。
 結果的には極刑は回避され無期懲役の判決を受けますが、これは悪戯に小手先の裁判闘争を繰り広げ歪曲な証言に終始することを潔しとしない林郁夫氏の姿勢と、私選弁護士に選ばれた和田正隆弁護士の真摯な姿勢に徹する弁護方針により、素直な謝罪と真実を語った林郁夫氏が被害者家族の心を和らげ、且つ裁判所・警察などの司法関係者の心象もよくしたという一面は否めません。

 まさしく、「山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」

自らの死を覚悟し最初の段階から真実の吐露と贖罪に務めたからこその”無期懲役”判決であったことは明らかです。
まさに、真実を明らかにすることが事件の真相解明と被害者と家族の心の傷を和らげること、犯罪という不幸な出来事の上でも,、一縷の救済の希を与え社会に利益をもたらすことが分かります。林郁夫氏と信頼関係を築いた弁護を担当された和田正隆弁護士は賞賛に値する行動です。


 翻って「光市母子殺人事件」はどうだったでしょうか。
 始めから被告人の供述も真摯な態度とは思えません。また更生を支援するといった意味においての被告人の家族の行動は乏しいといわざるおえません。あまつさえ被告人の父親はTVで怨み節まで言う始末でした。まさにこの親にしてこの子あり。
 弁護も後半から物議を醸した弁護団は真実を明らかにするという点もおざなりで、いまさら”ドラえもん”も持ち出されても友人に送った手紙などの文面から年齢や精神が正常の範囲内なのは疑いようもなく、精神的に未熟なのを強調したいということなのかもしれませんが、もはや一貫性のない弁護方針が齟齬をきたしているのは明白で真っ当な説明が付くものではありません。
 また、こういった極刑が回避できない裁判にて多くの弁護士が取るであろう、精神的な耗弱による責任能力の軽減や、無意味な質問を繰り返し裁判の引き伸ばしを図るという法廷戦術の展開は、もはや犯罪による負が生み出した弁護士による負の連鎖に他なりません。
 もはや弁護のための弁護に終始したことは被告人の悔悟を促しゆえに被告人の利益となし、真実が隠蔽されることで被害者や家族の心の拠り所の所在をあいまいにして、引いては社会における正義の不利益にもつながりかねない行為であると思うところです。
もちろん、私も弁護士の抗弁権は理解しております。時には国を相手に訴訟を強いられる孤独な戦いを挑む職業でもあるのです。敬意を払うという意味では弁護士は上位におかれる存在であるべきです。
 この事件においても最初から真実を供述し真摯に対応していれば裁判の結末も変わったかも知れません。昨今の偽装事件でも見られるように如何に真摯な対応を取るかで、その後の社会が受け入れるかどうか会社の存続が許されるのかどうかが変わってきます。

 しかし、林郁夫氏は根は生真面目で頭脳明晰なのは間違いなく、心臓手術で自分しか出来ない責任と結果を逃れることの出来ない執刀医としての長年の経験からくるものなのかは分かりませんが、自分が逃れるためには嘘だろうとなんだろうと言うタイプとは明らかに違い。ほかのオウム真理教の被告とも証言者として対立の課程でその一面が垣間見えます。オウムと関わりにならなければ心臓外科医としてバイパス手術の権威として多くの人々を救ったかと思うと残念でなりません。

小説・文芸・ノンフィクション・ドラマ
慟哭―小説・林郁夫裁判 (講談社文庫 さ 7-10)慟哭―小説・林郁夫裁判 (講談社文庫 さ 7-10)
(2008/08/12)
佐木 隆三

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