あかでやみぬる月の光を

本との出会いを徒然なるままに綴る。

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明治無頼伝

明治無頼伝
著者:中村彰彦



 名城鶴ケ城の会津藩若松城下の大町札の辻から、西に越後に通じる本街道を越後街道という。
 この越後街道から三里十八町行くと塔寺。その先の峠の坂を下り、只見川対岸に沿って歩くと、束松街道に達する。
 このあたりに自生する赤松の中に、幹のある部分から沢山の太い枝を分立させて、箒のような樹木を形作るために「束松」と呼ばれているのが、この地名の由来となっており束松峠から諸山が沃野に連なる景色はことのほか美しい。

 明治二年七月十二日、鶴ヶ丘城が開城してから10ヵ月後のこの日、束松峠を目指して山駕籠が進んでいた。新暦なら八月十九日にあたるこの日の暑さはことのほか厳しく、六尺棒を持って走る二人の駕篭かきは裸の上体を汗に光らせていた。
 峠の坂道で足元が次第に爪先だちになり束松が見え隠れし始めた時、暑さを煽るように鳴いていた蝉しぐれの声が急に途絶えた。
 それと同時に草を分けて現れた大男が大の字になって山駕籠の前に立ちはだかり、つづいて野良着姿の三人の男達が左右と後方を扼した。駕篭かきふたりは
「出た」
と叫んで山駕籠を残して逃げる。
 山駕籠から急いで降り立った男は、左腰に太刀を差し込みながら正面の大男に叱咤する。
 「拙者は越前福井藩士久保村文四郎。若松在陣官軍の民生局監察方兼断獄をつとめ、任はてて帰国するところ官軍幹部にたいして物取りなど企めばどうなるかわかっておろうな。」
すでに刀の下緒を襷がけにし、袴の腿立ちを取っている大男は鋭い目つきで久保文四郎を睨みつける。
 「汝の懐に用はねえ、用のあるのはそのそっ首だ。」
 「あっ」
 っと叫んだ久保村は、獅子頭のような顔をゆがめてさらに呻いた。
 「き、貴様は高仲三郎ではないか、賊徒から民生局取締にとりたてたと申すに拙者になにか恨みでもあるのか。」
 「大ありだとも、久保村さんよ」
 代わって答えたのは、左手にかまえた野良着姿の小柄な男。高津仲三郎とおなじ元会津藩士、伴百悦。
 「勝ちにおごって横暴三昧、貴様は監察方の職を得たのをよいことにわれらの友人達に贋金作りの汚名を着せ、よくも調べもせずに死罪に処すかと思えば戦死者の異例も許さなかった人でなしではないか。さような武士の風上にも置けぬ輩をおめおめと国へ帰すわけにはいかぬのだ。ここで死んでもらう。」
 「ちっ」
 舌打ちした久保村は、とっさに首をひねって右手と背後を扼したふたりの若者を見た。高津仲三郎と伴百悦の仲間であるからには、このふたりも昨秋まで官軍と戦っていた会津藩士の生き残りに違いない。その野良着姿のふたりが同時に太刀を抜き放った。
 それを見て次第に血の気を失った久保村は、もう熱さを感じているほどのゆとりを失い
 「ええっ」
 と、破れかぶれに前の高津仲三郎めがけて右胴に必殺の一打を打ち込もうとした。
 しかし、仲三郎は神道精武流剣法の達人であり、鳥羽伏見の戦い以来、あまたの戦場を疾駆してきた猛者でもあるから身を避けようともせずに、久保村の太刀の動きにあわせて太刀を鞘走らせて剣先を右上に流した。
 互い違いの方角にかざされた二本の白刃は、夏の日差しを浴びれ燦爛と輝いたが、やがて一方の白刃からは血がつたい始め、もう一方は地面に転がって虚しい音を響かせたのに続いてその持ち主も崩れ落ちた。

 久保村文四郎への恨みを晴らした仲三郎たち三人は、これから死ぬまで逃亡犯として追われなければいけない運命を背負い込んだ。





 新撰組・三番隊長、斉藤一の空白期間を埋める作品であり。およそ、斉藤が会津で土方歳三と袂を分かち、減藩処分を受けた会津藩が斗南に移封され斗南藩として再出発する課程を経て、東京に来て出来たばかりの警視局に奉職するまでの、あまたの小説では語られることのない斉藤の後半生を描いた作品である。
 しかし、残念ながら新撰組とも斉藤一とも縁が無い題名から、この小説の顛末を想像するのが難しい作品であるのが非常に惜しまれる。

 実在の『束松(たばねまつ)事件』を冒頭より巧みに取り込み、終わり際に『思案橋事件』を配することで、より現実味を帯びた明治の時代を”斉藤一”に語らせる役回りは非常に秀逸に成功している。





小説・歴史・時代・明治・新撰組・日本・ドラマ


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  • 2016.01/17 10:19分 
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