あかでやみぬる月の光を

本との出会いを徒然なるままに綴る。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

その日の吉良上野介

その日の吉良上野介
著者:池宮彰一郎


 朝から低く垂れ込めた雲は、昼下がりに崩れて白い雪片が舞い降りてきた。
 雪は見る間に乱舞の量を増し、庭木を白く覆ってゆく。
 ――大雪になるかも知れん。
 中小姓の新貝弥七郎は外廊下に立って、板張りから足袋底に染み透る冷気を堪えながら、雪をかぶった南天の赤い実の鮮やかな色に目をとめていた。
 
 ――晩年運のないお方だ……。
 弥七郎は、そう思うしかなかった。
 日常接する上野介は学識、教養ゆたかな老人で、家臣にいつくしみを忘れず、知行地の領民の評判も極めてよい。
 職分上、高家と大名・旗本との確執は間々ある。だら、大名・旗本が勤める役目は一代に一、二度有るか無しだから、刃傷という非常手段にまで増幅された例は無い。
 さりとて吉良と浅野の間に私間はない。深刻な遺恨などあろう筈はなかった。

 ――いったい、何がまことの因か。

 「御免を蒙ります。」
 弥七郎が入った茶室は、炉に炭火が燃え、むっとするほどの暖気が満ちていた。
 「お、呼びたてて済まぬ。何か用事中ではなかたかな。」
 茶道具の桐の小箱を数沢山、取り散らかした中で上野介は笑顔を向けた。
 弥七郎は、養子の当主左兵衛義周の側近である。子飼いでない。上野介は気遣いを示した。
 「いえ、ご家老の小林様から、夕刻まで好きに過ごせとお言葉をいただいております。」
 「そうか、せっかくの骨休みを費やして気の毒だが、しばらく手伝うてくれぬか、先ほどまで茶坊主の鈴木松竹を使うていたが、貴重な品を扱うには心許ない。」
 「かしこまりました。では手前が一つずつ箱から取り出し、また箱に納めます。その間ご存分にお改め下さい。」
 上野介は相好を崩した。

 ――お別れか。

 浅野の刃傷沙汰以来、上野介は目まぐるしい身の変転に見舞われた。茶会の席で振舞う「名物」をとり比べながら、記憶を手繰りだした。
 「あれは、昨年の年頭のことだ……。」
 上野介は自ら汲んだ白湯を啜ると、緩やかに話しはじめた。

「その日の吉良上野介」



「千里の馬」「剣士と槍士」「その日の吉良上野介」「十三日の大石内蔵助」「下郎奔る」以上。短編5作品収録。

 実直な千馬三郎兵衛と狷介で癇癪持ちの藩主・浅野内匠頭とはソリが合わず三郎兵衛は暇を仰せつかる。幸か不幸か、養家の千馬の家は身寄りが無く家をつぶしても苦情を申し立てる者がいない。帰農している父・考之助は主なしの百姓暮らしを継げば良いと言ってくれ三郎兵衛を励ます。
 三月十五日を限りに致仕することになった。そんな折に前日に、浅野内匠頭が刃傷事件を起こし切腹して果てる……。
「千里の馬」



 堀部安兵衛は木刀に素振りをくれ、高田郡兵衛はたんぽ槍をしごいた。二人は対峙し安兵衛は正眼に構え、郡兵衛は小刻みに槍を繰り出した。 
 旗本の部屋住み高田郡兵衛は名のある剣士と試合をして勝てば仕官の先を推挙する約束だった。対戦相手に選ばれた堀部安兵衛は少し感慨深げに高田馬場での果たし合いを思い出していた。
 ――昔のおれと、よう似ておる……。
 艱難辛苦の末に剣で身を立てた苦労は痛いほど安兵衛にはわかる。間一髪の差で勝利した郡兵衛は安兵衛と同じく赤穂藩に仕えるが……。

 共に仇討ち急進派の堀部安兵衛と高田郡兵衛の好誼と高田郡兵衛の脱落の軌跡を描く。
「剣士と槍士」



 討入りの日が迫る中。大石内蔵助は脱落者の続出に懊悩としていた。
 ――あと一日……。一日を無事に過ごせば討入りに踏み切れる。
 焦る気持ちに不安が渦巻く。残るは五二名。もうひとりも欠く事は出来ない。切迫した事態を忘却するべく内蔵助は赤坂の裏伝馬町にある山城屋という比丘尼宿に出かけるが……。
「十三日の大石内蔵助」



 浪人となった元松山藩士・木幡信兵衛は流浪の末に、大石蔵内助の顔を知っているという理由で吉良家に中間として雇われるが……。
 信兵衛の決死の奔走に関わらず、下郎の蔑みのままで終わりを迎えなければならなかった。
「下郎奔る」



 史実の隙間に攻め込み、虚虚実実を織り交ぜて描かれる本作品は、とかく饒舌になりがちなところを排しており一層の現実性・リアリティーが引き立ち短篇のよさが良くあらわれていると思います。
 ありがちな話で収まらないのが池宮氏の作法ですが。ありがちな大石蔵内助を主人公にするのではなく。「千里の馬」「下郎奔る」の、一下級藩士の身の処し方や生き様が、世間で語られつくした大石蔵内助、浅野内匠頭。吉良上野介との間合いをもって垣間見られるのが心地よい対比となっているように感じます。



小説・歴史・日本・ドラマ・短編集

その日の吉良上野介 (角川文庫)その日の吉良上野介 (角川文庫)
(2004/06)
池宮 彰一郎

商品詳細を見る



スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

ご案内

プロフィール

緋色悠依

Author:緋色悠依
あかでやみぬる月の光を

 お勧めの本を紹介しております。
 リンク・フリー(アダルトはご遠慮ください)です。コメントなどでご一報いただければ幸いです。
あなたの拍手などが明日への活力に!!応援よろしくお願いします。

最新記事

三宅 純 Jun Miyake ブログパーツ

[Jun Miyake Music Player]

最新オリジナルアルバム[Stolen from strangers](2007)、[The Miraculous Mandarin](舞台:中国の不思議な役人)(2009)から、デビューアルバム[JUNE NIGHT LOVE](1983)まで、ソロでの作品からサウンドトラック、プロデュース作品、CM音楽として提供したものなど、今までの作品の中から21タイトル(09年10月現在)・各4~6曲ずつ全122曲を試聴できます。既に入手困難なアルバムもラインナップ。各曲フルレングスで聴くことができ、三宅 純の世界をPC上で体感できるパーツです。 TDKカセットテープ ADスプレンダーCM曲。アルバムjune night loveに収録されている「could it be real?」がお勧め。

おまかせ

2ちゃんねる痛いニュース

http://www.starbucks.co.jp

アクセスカウンター

現在の閲覧者数

現在の閲覧者数:

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

ジオターゲティング


ジオターゲティング
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。