あかでやみぬる月の光を

本との出会いを徒然なるままに綴る。

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堪忍箱

堪忍箱
著者:宮部みゆき

「堪忍箱」
 本所回向院脇の寺裏の通りにある菓子問屋近江屋が、師走の北風が吹きすさぶある夜に、人が寝静まった火の気が耐えたはずの台所から出荷した火に包まれた。
 近江屋の主人・清兵衛の孫娘、十四歳になる”お駒”は出火もとの台所からは程遠い南の離れで母親の”おつた”と枕を並べてやすんでいた。
 金気のものが打ち鳴らされる音で目を醒ましたおつたは、冷え切った夜の空気のなかに尋常ならざる事態を感じ取り母屋の廊下の襖を開けると、そこはもう白い煙が立ち込めていた。おつたが叫ぼうとしたところに、女中頭の”お島”が家中の者に火事を知らせる声が聞こえる。
 番頭の”八助”が桶を抱えて消火に当っていたが、煙と火の粉に撒かれて思うように捗る様子がない。
―これはいけない。消し止められるもんじゃない。
思った瞬間におつたは廊下を駆け戻り離れにいるお駒に今年六十五になる清兵衛をつれて逃げるように言う。お駒は母親の袖をつかんで一緒に逃げるように言うが、おつたはいくつか持ってでないといけない物があると言って雨戸を開けてお駒を庭に押しやると自らは母屋に引き返していった。

お駒は清兵衛の寝所に回りこみ。
「おじいちゃん、開けて」
と、雨戸を叩いて大声で呼んだ。雨戸はスグに開いた。開けたのは住み込み女中の”おしゅう”で同じく清兵衛を助けに来たらしかった。三人は煙が立ち込める廊下から遠ざかるようにして逃げ出すが、はっと身じろぎした清兵衛は
「そうだ、堪忍箱が!」
お駒は良くは聞き取れなかったが、駆けつけた火消し衆にお駒を託すと清兵衛は煙が立ち込める廊下へと姿を消した。

 お駒が震えて見守る中で、近江屋を焼き尽くした炎が近隣の家を舐め始める。おしゅうが煙に撒かれながら命からがら逃げ出し、ほかの使用人たちも顔を煤で黒くして火傷を負いながらも助け出されていく。
「旦那様とお内儀さんがなかに!」
手代頭の松太郎の悲痛な叫びをあざ笑うかのように、近江屋の瓦屋根が雪崩を打って崩れ始め建物全体が大きく傾いだ。
その傾いた柱のすき間から這い出るようにしてお島が気を失ったおつたを連れていた。
「おっかさん!」
お駒が声を上げても、おつたは気付かなかった。戸板に載せて運ばれる中。おつたはその両腕の中に何かをしっかりと抱え込んでいた。
風呂敷で包んであるが、どうやら漆塗りの文箱のようなもののようだった。
―箱が!。
 お駒はおじいちゃんが確か”かんにんばこ”そう言って火事の中に戻っていった清兵衛を思い出し何時までも持っていたが姿を見せず。遂に助け出されることもなかった。

 
 焼け出された近江屋の人々はとりあえず根岸の寮に移った。お店が再建されるまで男の使用人は親戚などを頼ったので、ここにいるのは女たちだけだった。
おつたは火事の夜以来。気を失ったまま意識が戻る様子もなかった。医者も打撲や火傷の傷は時間とともに良くなるが、意識が何時戻るかは目処が立たないとそう告げた。
 火事から六日目になると、番頭の八助、お島など使用人が集まると話は近江屋の再建の話に移っていった。清兵衛を喪い、おつたが昏睡するなかで、お駒が近江屋の後継者になるのは自然な流れだった。
「若旦那(近江屋彦一郎)さまが、生きていてくれたら」
近江屋の清兵衛の一人息子。おつたの夫。お駒の父である彦一郎は、一昨年の夏の終わりに食あたりから腹痛を起して急に他界していた。
お駒は、そういえばおとっつあんも。なくなる少し前に仏間の奥で膝に黒い箱を載せて「かんにん」と呟いていたことを思い出した。
 お駒は、お島と八助を見比べながら、堪忍箱の話を持ち出すと、お島は堪忍箱の謂れを話し始める。享保のころ近江屋を開いた善太郎の代から伝わる箱で、堪忍箱を守って次代の主に伝えるのが役目だという。そして中身は私などは知るはずもなく、旦那様もお内儀さんも中身はご存じないはずで代々「中身は見てはいけない」とされている。「だから堪忍箱なんです。」
ならぬ堪忍。するが堪忍。中身を開けたい気持ちをこらえて我慢する。中身を見たら近江屋に禍が降りかかるという謂われもあるという。

 そして、近江屋の火事の一件が火付けの疑いがかかり、寮で暮らす使用人達が浮き足立つ中。お島はお駒に膝を進めて堪忍箱を差し出す。お駒は震える手で受け取ると、堪忍箱は意外と軽かった。
 その晩から、お駒は堪忍箱を手元において眠ることになったが、彦一郎。清兵衛。おつたは堪忍箱を見てしまったから災難にあったのではないのかと考え込んでしまう。

 そんなとき、おつたの寝間のほうから女の騒ぐ声が聞こえてきた。お駒が駆けつけると右手に包丁を持ったおしゅうが仁王立ちで立ちはだかり、あの箱! 堪忍箱を出せと騒いでいたのだった。おしゅうはおつたと清兵衛が出来てしまって、邪魔になった彦一郎を毒殺したと思い込んでいた。
 仏間で黒い箱に向かって「堪忍してください、堪忍ね」と呟くおつたの姿を見ていて、箱の中に毒薬が隠されているに違いないだからその証拠を探すために、近江屋に火をかければ証拠の品を持ち出すに違いないと思って火をつけたのだった。

 お駒は這うようにしてその場を逃れる。
―あの箱。堪忍箱の中身はいったいなんなのだろう。
 自分の寝間に戻り行灯に火を入れると、押入れから堪忍箱を取り出し風呂敷をといて蓋をとろうとした。もし、おっかさんがこの箱に恐ろしいものを隠したのだとしたら、おじいちゃんもおとっつあんも。近江屋代々の当主はこの中にいったい何を隠したというのだろう。
―開けやしません。
 お駒は行灯をつかむとゆっくりと倒した。燃え広がる火を見つめ堪忍箱を膝の上に載せた。
堪忍。堪忍してね。


短編8篇収録。「堪忍箱」「かどわかし」「敵持ち」「十六夜髑髏」「お墓の下まで」「謀りごと」「てんびんばかり」「砂村新田」

 表題作「堪忍箱」を含む、江戸の市井を描いた短編集です。
藤子・F・不二雄先生のSFのテーマのような「少し不思議」のお話たち。とりたてて善行をするような善人も、悪辣で残酷な悪人が登場するわけではないので、すこし不思議な宮部みゆきワールドを楽しんでいただければ十分な作品達です。

 堪忍箱。 秘密や怨念かもしれませんがその中身はなんだったのでしょうか。答えは読んだそれぞれで考えていただくということですが、その時々の時代や境遇で心を移す鏡のようなものでしょうか。

小説・歴史・時代・市井・ドラマ・ミステリー・短編
堪忍箱 (新潮文庫)堪忍箱 (新潮文庫)
(2001/10)
宮部 みゆき

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