あかでやみぬる月の光を

本との出会いを徒然なるままに綴る。

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太公望 〈下〉

太公望 〈下〉
著者:宮城谷昌光



 商が主宰した沙丘での諸侯会合の席で凶事が起こった。商に入朝した豪族のうち重要な地位にある鬼公・九公・鄂公の三公が捕らえられ脯醢の刑に処せられた。商に対しての謀反を起こす陰謀をめぐらせていたが、帝辛(紂王)の迅速な処断により逆に捕らえられ刑に処されたのである。商の法は族にも累がおよぶので、おおくの族人たちも捕らえられあるものは処刑された。
 また、周公も沙丘から大邑商に到着したときに捕縛され、嫡子も行方が分からなくなっていた。

 望は命の恩人の鬼公の危機の報に接すると寸暇を惜しむように朝歌に駆けつけるが、各所に設けられた関所に通行を妨げられ、商兵に堅く守られた朝歌の宮門を通ることは出来なかった。
 望は恩人の訃報に落胆するが、ほどなく配下の牙と龍が負傷した周の重臣・閎夭を連れて戻ると捕らえられた周公を救うべく、望は自ら周の少子旦へ知らせに走ると同時に謀をめぐらせる。商の羑里にある獄から周公を逃すことはたやすい。しかし、それでは商を倒して周が帝位を簒奪する大儀を天下に示せない。
 帝辛(紂王)自らの綸旨を持って周公を獄から解き放つ工夫がいる。

 望は周の四人の重臣、散宜生、南宮括、閎夭、太顚を招くと、帝辛(紂王)に讒言吹き込み無実の周公に罪を着せた”崇候”の罪を白日の下に晒し裁きに引き出さなければならない。それには、証拠をそろえると供に周公の釈放を願う西方の諸族声を訴えにしてまとめ上げて願い出るようにしなければいけない。
 望は周公を救う窮余の一策を披瀝するが、西方の実情を知る四人の重臣は渋るそぶりを見せる。しかし、望に周公を救出する道は他に無いと一喝されると、四人の重臣は苦難をものともせず猛然と西方の部族を纏め説きはじめた。

 望は蘇候を通じて西方諸族の周公を救う訴えを帝辛(紂王)のもとにまで届けさせ、雪の無い一月についに周公を無事に救い出した。周公には同時に讒言した崇候を「討伐してもよい」との勅命を押戴いたに等しく粛々と”崇候”を討伐するための露払いと周の南の地の平定にとりかかった。

 周公が西方の諸族と南方の崇を慰撫する間に、望は”召”に単身乗り込んで召の君主「召伯父辛」に拝謁する。
 またその席には、召伯の嫡子で後の周王朝開明の功臣の一人ともなる「奭」も同席していた。
 周への助力の訴えが召伯に退けられ、群臣が下がったあと少子奭は具体的な提案をする。
「召が周に協力するとすれば、周が西方の天地を召にあずけ、西方から出てゆくときである」
あまりにもの無理難題にさしもの望も即答は出来なかった。

 西方の諸族を従えた周公はついに一つの決断を下す。
―再来年に、孟津に……。
 周公は西方の諸侯に再来年こそ商を打つと宣言したに等しかったがが、しかし、それよりも早く周公の余命が尽る。

 「先王の遺命こそすべてです。」と望に説かれ太子発は喪に服さずに邑の運営を続ける。そして先王が為しえなかった”召に西方の土地を全て譲る”この英断がくだせるのは太子発を置いて他に無いと続けて解かれた”発”はついに、中原へ移住することを決断する。
 また、周の少子旦は少子奭と会同すると「召は岐陽に移られよ」と西方を召に譲り渡すことを示す。

 孟津に集まった諸侯が「紂(受)、伐つべし」と声をそろえるなか」 太子発は「天命を知らず。いまだ可ならざるなり」と諸侯を解散させると即位式を行い喪に服した。

そして明年、運命の日。

惟れ一月壬辰、旁死魄、越に翼日癸巳、王朝に歩し、周自り于きて商を征伐す。

「書経・武成」
二月四日甲子未明、商王受も、林の如き大軍を率いて出陣し、両軍は牧野に集まった。
(甲子昧爽、受その旅を率ゐること林の若し。牧野に会す。)



 小説では描かれなかった牧野(ウチの近くの普通電車しか停車しない京阪電車「牧野」駅の事ではないですよ。)の戦い以前の商(殷)の事情を少し振り返ってみましょう。

 周との歴史的な会戦が行われる頃は、商王朝の意識は周にはなく。商王朝に起伏していない部族のうち、南の”准夷”と望の糟糠の妻”逢青”の逢邑に近い山東省の山東半島の”東夷”の部族に対してたびたび軍旅を催しています。
「隹十祀、在九。甲午。余歩从候喜、正尸方。告于大邑商。」(これ王の十年9月、甲午の日、われ歩きて酋長喜びのところより”尸方”を征せんとして、大邑商にある神廟に報告せり)
 この”尸方”は第二十六代の武丁のころは山西省のあたりに住んだ”西夷”のことですが、二十九代の帝乙の頃には「夷方を伐つ」という甲骨文字のト辞の記述が多くなり、しだいに”東夷””准夷”を示すものに意味が変っていったようです。

牧野の戦いの前に催された商の遠征の行程太公望殷討伐01

 帝辛(紂王)の最後となる遠征は、およそ二六〇日間に及ぶ大遠征が模様されるのですが、まず大邑商か朝歌を出発して黄河を目指して真っ直ぐに南下します。
 そして、周が後に新首都をおく洛陽の東北の「叀」の邑(正確には”叀”の下に+”口”)あたりから黄河を渡河し「雇」から「衁」(正確には”山”の天地逆にした形のしたに+”罒”)をへて、西に進路を取り進みます。
以前の商の首都であった商丘で軍の編成と補給を行ったのか少し遠回りをした後に、再び東に向かって進みます。
「亳」「媋」(正確には”女”偏に+黍(キビ))「攸」と小さな邑を経て「永」の邑から軍を東南に進めて淮水の北の邑「滅」で装備を整えて淮水を渡河します。
そして、「淮」のすこし南に位置する「林方」の邑の地域”准夷”の族を討伐します。

そして、帰りは順路を逆に取りますが、行きと違って帰りは小さな邑に兵をすすめることも少なく、「永」「衁」をへて黄河の南の「鄭」に入り、軍旅を渡河させた後「叀」に進みます。

 そして、この後に周との天下分け目の大決戦が待っているのですが、春秋左伝(昭十一年)に「紂、東夷に克ちて、その身を殞す」とあるように、望がのぞんだとおりに商の軍は連戦と遠征で疲弊の極みにあったであろうところを、周の軍に襲われたものですからひとたまりもありません。
 史実も物語と同様に、一戦しただけで奴隷兵の叛乱も有り。朝歌に逃げ帰らなければならなかったようです。


 商と周はなぜ他の地域と違って栄えることが出来たのか、これは農耕と深くかかわりがあるようです。
 商は「玉」などの珍品奇物をシルクロードを経てトルクメニスタンなどから持ち込んでいた形跡があり、おのずと『麦』の中央アジアの原種である「タルホコムギ」も周にいちはやく伝わったことは間違いのないことでしょう。
 甲骨文字からも「麦」の源字と思われる「来」の源字がみえるので、周から商に徐々に伝わって広く伝播していたことが分かります。

 殷墟からも”米”ではないかと思われる炭化した化石が見つかっており、早い時期から農耕文化が起こり自生していた黍(キビ・コウリャン)、粟(アワ)、黍(トウモロコシ)などの栽培は麦よりも比較的早かったであろうとされています。三国志でおなじみの呉のあたりで”米(コメ)”の原種もあったので、商・周は他の部族よりも早く定住と農作に励んでいた事が伺えます。

チベットの民話にも麦に関係した伝承が残っていて
「勇敢な王子が千山万海もこえて今のヒマラヤ山中の洞窟の中の竜王と戦い、最後は犬の姿に変えられながらも艱難辛苦のすえに”麦の種”を東にもたらした。」
ことになっています。
 聡明なあなた、そこの彼方ですよ!。 この犬が持ち帰ったのは”犬戎”族の伝承ではないかと思わず考えてしまった。彼方なら迷わず本書をお手に取りください。

 読みすすめるうちに「太公望」の深遠な術に魅了されてしまうことでしょう。宮城谷昌光氏の壮大なる歴史ロマン大作!


小説・歴史・中国・ドラマ
太公望〈下〉 (文春文庫)太公望〈下〉 (文春文庫)
(2001/04)
宮城谷 昌光

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Comment

 

おはようございます。

今回も、緋色さんの解説すごいなあと思って読ませていただきました。
私は、宮城谷先生の作品では、「太公望」が一番好きです。
初めて読んだ作品であり、こんな面白い小説があったのかと感動したのを覚えてます。

緋色さんの最寄駅って、牧野だったんですね。
隣の樟葉には、たまに友達の家に遊びに行くのに、行ったりしてます。
  • posted by 氷高 
  • URL 
  • 2009.06/14 10:42分 
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Re: タイトルなし 

こんにちは。いつもご覧いただきありがとうです。

残念なお知らせですが。私は近鉄沿線なのです。(*´ω`)ゝアセアセ
有名なところでは司馬遼太郎氏の記念館があるあたり、近くでもなくチョットお遠いかなという当たりなのです。
  • posted by 緋色悠依 
  • URL 
  • 2009.06/14 13:03分 
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はじめまして。

詳細なレビューがいっぱいですごいですね!
父親が宮城谷氏のファンで宮城谷作品は
実家にたくさん並んでいます。
今のところ自分が読んだのが「太公望」です。
緋色さんのレビューの図があれば
より理解が深かったですね。
  • posted by mtani3 
  • URL 
  • 2009.06/15 20:20分 
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Re: タイトルなし 

mtani3 さま
訪問とコメントありがとうございます。

面白く興味を持ってもらえるような感想にしようと努めていますが、どうしても説明っぽくなら無いように切り口をどうしようかと悩んでいるうちに、更新が滞りがちなのが更なる悩みの種です。(笑)
(*´ω`);;

またのご訪問をお待ちしております。
  • posted by 緋色悠依 
  • URL 
  • 2009.06/15 21:31分 
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リンクありがとうございました 

リンクのお仲間に加えていただき
ありがとうございました。

この作品全3冊の結構な分量の割に
つるっと読み終わりますよね。
わたしも好きな宮城谷作品の一つです。
  • posted by がんじがらめマン 
  • URL 
  • 2009.06/16 14:58分 
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Re: リンクありがとうございました 

ご丁寧に、ありがとうございます。
よろしくお付き合いくださいませ。
(*´ω`)
  • posted by 緋色悠依 
  • URL 
  • 2009.06/16 21:11分 
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • posted by  
  •  
  • 2009.06/18 01:09分 
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Re: リンク 

リンクしていただいて、ありがとうございます。
何かを伝えられるような本の紹介が出来るようにがんばります。

(*>ω<)うれしい~です。
  • posted by 緋色悠依 
  • URL 
  • 2009.06/18 20:26分 
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