あかでやみぬる月の光を

本との出会いを徒然なるままに綴る。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

巨大投資銀行(下)

巨大投資銀行 ―バルジブラケット― (下)
著者:黒木 亮

 1990年12月28日。東証株式市場が大納会を迎えたこの日。日経平均は2万3848円で引けた。
もはや地価の高騰を背景に生み出されたバブル景気は大蔵省が進めたノンバンク向けの融資の規制強化。いわゆる貸し出しを制限する「総量規制」が引き金になり長らく続いた宴も終焉を迎えたことを示していた。
 モルガン・スペンサー東京支店。M&Aチームディレクタを努める桂木英一は、バブル景気の追い風もあり関西の大手家電メーカーや大手航空会社のM&A事業などを手がけ確実に実績を積んでいた。期末の大手トイレタリー事業の買収ではミソを付け業績の上げ下げに苦しんではいたが、それも経験のひとつでもあった。

 またアメリカ国内では9.11を発端とするテロ事件の余波を受けてアメリカのイラクに対する攻撃が決定的の状況となっていた。為替市場では有事のドル買い・円売り基調から日経平均は大きく下げの波を迎えつつあった。ソロモン・ブラザースの竜神は日経平均の下げ波を巧みに捉え裁定取引で莫大な儲けを演出しつつあった。
 だがソロモン・ブラザースはアメリカの国債発行における不正取引が発覚し、入札業者からはずれ証券市場の正会員の地位も外されそうになる創業以来の危機を迎えていた。創設者の一人であるメリウェザーなど幹部社員が逮捕や停職などの社内処分を受けて人材の流出が急速に始まっていた。
 それによりブラック・ショールズ・モデルなどの先進的な工学・数学理論を駆使して市場の歪みを察知した投資とリターンで利益を生み出す裁定取引などのノウハウが人材とともに流出し、債券市場を独占していたソロモン・ブラザースを抑えメリルリンチやゴールドマンサックスなどのライバルの台頭を許す結果になり、もはやソロモン・ブラザースの独壇場ではなくなっていた。

 藤崎清治はソロモン・ブラザースからファースト・スイス証券東京支店資本市場部ディレクターに転職し債権を手がけていた。
 このころの債券市場は日経平均や各国の国債にリンクした債権を手がけており、大手銀行から生命保険、損害保険から地方銀行。はては信用金庫まで幅広く購入していた。
 それは国債などの債権は名目上は数年先の決済になっており帳簿上の損失を先延ばしに出来るからであり。預金残高もシッカリあり適正に処理していれば問題ないが、平たく言えば借入金や損金などを一時、帳簿上から外せるいわゆる”飛ばし”を目的とした金融商品だからである。
 通貨オプション(カレンシー・オプション)を組み込み新興国市場のメキシコなどのペソの高金利にドル建ての債権にオプションを組み込む。ペソが安定しているときは年利は10パーセントを超えるが、ひとたびペソが暴落すると債権は紙くずに豹変するリターンもリスクも高い商品である。
 競うようにして高リスク商品を買い求める銀行などの顧客に対して内心忸怩たる思いがありながらも、藤崎は飛ばしなどの損失隠しなどの内向きの債権だけでなく、外国がもつ対外債務の解消などを目的にした積極的なスキームも手がけていく。

 桂木はバブル景気の崩壊からM&A市場が冷え込み実績なかなか上がらなかった。モルガン・スペンサーとしてもM&A部門を縮小することになり桂木はカバレッジへ部の移動を命じられる。いまは市場の冷え込みから転職などは時期早々と辞令を受け入れる。
 そしてナイジェリア向けのVLCC級(二十万~三十万tクラス)タンカーの建造の資金調達(ファイナンス)の案件に取り組んでいく。
 ナイジェリアは石油大国でありながら、それゆえにか政情不安が絶えなかった。桂木はなんとなく格付け会社や投資家から投資不適格となればアセット・バック(資産担保付ファイナンス)の道しかないかと漠然と考えてはいたが、経験豊富なニューヨーク勤務時の元上司であるジャパン・デスクの橘俊介にアドバイスを仰いだ。橘は正式な債権ではなく規模の小さな会社が発行するジャンクボンドに出来るのではないかと資料を送る。
 桂木は橘から送られた資料を基にニューヨークのフランス系・船舶金融商社・ラフィット・フレールを訪ねる。ラフィット・フレールの船舶金融を担当するロジャー・ヘイヤーは元船乗りで朴訥な雰囲気ながらも世界中の船舶需要を諳んじて見せデッド(債権)ではなくエクイティ(株式)で出来る案件だと提案する。
 船舶金融を熟知するラフィット・フレールのノウハウとへイヤーのアドバイスを受けながら船舶資金の株式化に著をつける。
 途中ナイジェリアの独裁政権サニ・アバチャに抗議する作家ケン・サロ=ウィワに死刑判決が下り。アバチャ政権に抗議する団体や独裁政権の支援になりかねない株式の購入をためらう年金基金が現われる。すでにドックでは竣工が着々と進む中、船舶資金の株式化は延期になりかける。仲介する商社の繫ぎ融資で進水までの資金を手当てし、文字通り薄氷を踏むような作業が続く中で延期などのトラブルを乗り越えて無事に株式化に成功する。

 ソロモン・ブラザースはアメリカ国債の不正から捜査の手が入り、創業者の退任などの紆余曲折を経ていた。いくつかの出資や証券会社スイス・バーニーなどの合併を経てソロモン・スミス・バニーとなっていた。
 竜神もバイス・チェアマン(副会長)のひとりとなっていたが経営委員会は利益のブレ幅の大きい裁定部門の解消を方針にかかげており竜神も退職の交渉を始めていたところだった。
 竜神のソロモンの退社は市場の歪みを見つけて投資し利益を上げる。トレーディング市場においての裁定取引の終焉を告げる出来事でもあった。その後ソロモンを退職したメリウェザーが起業したファンド(投資組合)であるLTCMが裁定取引でロシア通貨危機による巨額の損失を計上し事実上の破綻となるのと機を一にするようにしてソロモンの手持ちの債権も暴落することになる。
 そのロシア通貨危機の出来事が起ったのが竜神がすでにソロモンを退職した後だったことは、彼が市場の神に愛されていた証でもある。

 桂木は遅まきながらもモルガン・スペンサーで実績を積みMD(マネージング・ディレクター)に昇進した。昔と違って権限は少なくなったが桂木は49歳にして経営に加わったことになり遭う人たちから祝福を受けた。
 そして、バブルの後始末を象徴するような鉄道流通グループの事業再編に伴うホテル部門の売却に携わる。
 その頃、東都銀行の上司であり現・専務に会食に誘われ日本産業銀行の投資銀行部門(インベストメント・バンキング)本部長にと打診される。そして数日を経て日本産業銀行の頭取東野からも直々に料亭にて本部長から取締役専務待遇をと三顧の礼を尽くされた。
 年収などから比べるとMDに昇進した今となってはモルガン・スペンサーに残った方が収入ははるかに多いが、日本の力になって欲しいと願う大学の恩師の言葉などを思い、自分が培った投資銀行のノウハウを日本産業銀行で生かすことに決めた桂木にもはや逡巡はなかった。

 桂木英一は1998年4月。日本産業銀行の投資銀行本部長で入った。
そこで、自動車業界の再編などを手がけていき投資銀行部門を着実に育てていくが、山一證券の破綻をもとに日本産業銀行も東都銀行、芙蓉銀行との三行合併による資本強化にのりだす。桂木英一も好むと好まざるとに拘わらず行内の社内人事の政治と混乱の渦に巻き込まれていくことになる。
 2003年2月。桂木は行内の統合による理不尽な相打ち人事から発足したやまとHD(ホールディングス)を退職においこまれモルガン・スペンサー日本の副会長就任が内定していた。

―― そして、モルガンスペンサー副会長職就任が間じかに迫ったある日。
 桂木の自宅に竹川平蔵・金融財政担当大臣からの留守番電話が入っていた。



 駆け足でバブル景気から今日の銀行の再編に纏わる出来事を俯瞰していくような内容です。
本書の中の三行合併については

日本産業銀行=日本興業銀行
芙蓉銀行=富士銀行
東都銀行=第一勧業銀行
やまとHD=みずほフィナンシャルグループ

であると察せられます。本書の中でもたびたび取上げられている襷がけ人事ならぬ三行の襷がけは人事においては並々ならぬものが遭ったようで、銀行のATMを巡る混乱と一連のトラブルなどは富士銀行に入行後。金融業務の開発保守に当たられた岩脇一喜氏の単行本や日経ITプロフェッショナルのコラムでも当時の社内政治の苦労が忍ばれます。


 ケン・サロ=ウィワ(1941年10月10日-1998年11月10日)
氏については私もまったく知らなかった事柄で不勉強のそしりを免れません。ナイジェリアの作家であり当時の軍事独裁政権のサニ・アバチャ将軍から不当な扱いで処刑されたのですが、ナイジェリアといえば芸能人で格闘やタレント活動をされているボビー・オロゴン氏を知っていてもケン・サロ氏知る方は少ないでしょう。
 不当な弾圧から言論の自由を守るといったことに敏感な欧米ならではですが、日本のジャーナリズムも見習うことは多いはずです。結局は石油資源の前に先進諸国の運動は下火傾向にあるといえますが、スーダンのダルフール紛争など中国が利権を持つために消極的ですが、もっと注意を向けた方がいい事柄が世の中には多いということでしょう。


さて、少々重い話題はこのぐらいにして。
個人的に非常に気になるところもあったのです。
 そう大永銀行の米国債取引の簿外債務が発覚し米国撤退の折に債券を売る件。小説「ハゲタカ」のホライズン・ファンド鷲津政彦ならバルクセールで全部引き取ってしまうような案件。
大日本航空の債権3000万ドルを買い戻す案件で大日本航空財務担当役員の元部長を接待する新橋に実在する超高級ステーキ・レストラン「麤皮」(あらがわ。鹿が三つ重なっている漢字)です。

現在は料理を堪能した方がブログで書かれた事に神経を使っておられるようで。料理の写真撮影がOKでないようですが色々探してみました。

YUMOさん東京+α美食☆探検記
どれもこれも食べたくなってしまうお店ばかり紹介されております。思わずウットリ( ^ω^)

h-restaurantさん今宵の勝負レストラン
丁寧な解説が食欲をそそります。夜中に覗いてしまうとこれから寝るというのに食欲がこみ上げてくるなんともおいしいもの満載です。

 本書の中で桂木氏が接待の経費が二十万で納まったことは行幸だったのかもと思えるしだいです。すごい高級店ですね。機会があれば東京で食してみたいものです。

小説・文芸・経済・ドラマ
巨大投資銀行(下) (角川文庫)巨大投資銀行(下) (角川文庫)
(2008/10/25)
黒木 亮

商品詳細を見る
スポンサーサイト

Comment

 

私のブログを紹介頂き、ありがとうございました。あらがわ、再訪したいですけど、接待とかでないと無理です(汗)この時代、接待でも行けないかも・・・。
  • posted by YUMO 
  • URL 
  • 2009.02/01 14:40分 
  • [Edit]
  • [Res]

 

訪問ありがとうございます。
それにつけても、ゴージャスなレストランですね。
普段食べていた透けるようなスモークサーモンをありがたく食べていた私っていったい(´ ▽`).。。。。

何かまとまったお金が入ったら食べたいです。(もちろん接待は大歓迎です。)
  • posted by 緋色悠依 
  • URL 
  • 2009.02/02 13:36分 
  • [Edit]
  • [Res]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

ご案内

プロフィール

緋色悠依

Author:緋色悠依
あかでやみぬる月の光を

 お勧めの本を紹介しております。
 リンク・フリー(アダルトはご遠慮ください)です。コメントなどでご一報いただければ幸いです。
あなたの拍手などが明日への活力に!!応援よろしくお願いします。

最新記事

三宅 純 Jun Miyake ブログパーツ

[Jun Miyake Music Player]

最新オリジナルアルバム[Stolen from strangers](2007)、[The Miraculous Mandarin](舞台:中国の不思議な役人)(2009)から、デビューアルバム[JUNE NIGHT LOVE](1983)まで、ソロでの作品からサウンドトラック、プロデュース作品、CM音楽として提供したものなど、今までの作品の中から21タイトル(09年10月現在)・各4~6曲ずつ全122曲を試聴できます。既に入手困難なアルバムもラインナップ。各曲フルレングスで聴くことができ、三宅 純の世界をPC上で体感できるパーツです。 TDKカセットテープ ADスプレンダーCM曲。アルバムjune night loveに収録されている「could it be real?」がお勧め。

おまかせ

2ちゃんねる痛いニュース

http://www.starbucks.co.jp

アクセスカウンター

現在の閲覧者数

現在の閲覧者数:

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

ジオターゲティング


ジオターゲティング
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。